今日は、記念日。何の日かとい言うと、私が、母となった日。
いよいよ、ラスト2回となった今日のNHK「おひさま」を今日も見た。最終週は、“母”がテーマ。
そういうこともあって、いろいろ自分にもあてはめたりして。
丸14年、自分の不注意で、娘に怪我を負わせたこと、負わせそうになったこと、いや最悪の事態にもなりかねなかったこと…何度かというか何度もあります。
何度もなんて、信じられないと言われるかもしれないけど。
つないだ手がすりぬけて、歩き出したから追いかけたら、あっという間に、数メートルの路地から、通しの悪い車道まで飛び出してしまった…幸い車は途切れていて、何事も無かったけど。
10年以上たっても、あの門を閉めようとして、片手が緩んだ瞬間、車道の真ん中でだきしめた瞬間の生々しい感触がある。
本人は、記憶が無いというけど。
梨を自分で剥いてみると言った時、包丁の使い方を十分に教えもしないで、やらせた。そして、私が、メールかテレビかに気をとられているとき、怪我をした。深くは無かったけど、痛々しくキズが残っている。その後、私は、自分がどうしたらいいのか、また、いいかげんなことをしてしまって、もっとひどいけがを負わせてしまったらとか考えてしまい…包丁の使い方は、家庭科の調理実習で経験したのみ。何も教えてあげられない。ジャガイモの皮むきはできたようだけど、たぶん、梨やりんごは、まだ恐怖心がのこっているみたいだ。
自分は、“母”何だろうか…どうしたらいいかわからないことは、どうもできないまま、娘自身がいつのまにか克服しているそういうことが、もうたびたび…
自信の無い、自分ができないことだらけなのに、逆に、答えの明らかなことや私の価値観だけ、厳しく押しつけている…
楽譜と違う!
とか…
数学とか
とか
もののいい方・考え方
とか
さらに、外ではある程度、責任のあることをする立場を得、堂々とものを言い、どうかすると偉そうにしている私が、家事が全然だめ。整理整頓できない。洗濯物がシワしわだったり…食器のあらいものがシンクにいっぱいあったり…主婦としてというか、人として、落第なのに。そういう外面だけいい、私のことを、彼女はどう思っているのだろう。
幼稚園年中の時、9年ほど前か…PTA役員の慰労会の席、幼稚園園長との雑談の中で、「私、たぶん、やたら厳しかったり、ほったらかしだったり、娘に対して冷たいな、と思う時があるのです」と話したら、あっさり「子どもにとっては、生まれた時がそれが、お母さんだから、別にどんなお母さんでも、そいうものだと思っているから…(冷たいとか、子ども自身は思わない)」と言われて。「あ、そうか。」
正しいも間違いも知らないうちから、どんなに未熟でも育てた人の価値観しかない…
それは、改めて自分が育てているという事実が少し怖い気もした。たぶん園長先生は、「責任が重い」そういう意味でおっしゃったと思うのだけど、逆に、私は開き直ってしまったようだ。良かったのか悪かったのか。
その後、年を追うごとに娘の社会は広くなっていき、幸い多くのよき人たちに出会い成長させていただいていると思う。わが子ながら、こんな私の子どもながら、よく頑張っているし、いろいろな場面で、“ひと様に認めていただける”行動ができていると思う。頼もしい存在と言える。
さて、日々、時間に追われ、あっという間に、月日、年月が重なるばかり…
一年後、将来の目標は何か決まっているかな?
五年後、何をしているかな。
不安だし、楽しみだし。
期待という言葉は、相応しくないかもしれない。
何でもいいや。
どんな母親でも母親。
どんな娘でも娘。
それで十分。
なのに、こんな母親なのに、それよりちょっぴり立派な娘。14回目の誕生日おめでとう。
15年目の母親、もっと頑張れよ。
いよいよ、ラスト2回となった今日のNHK「おひさま」を今日も見た。最終週は、“母”がテーマ。
そういうこともあって、いろいろ自分にもあてはめたりして。
丸14年、自分の不注意で、娘に怪我を負わせたこと、負わせそうになったこと、いや最悪の事態にもなりかねなかったこと…何度かというか何度もあります。
何度もなんて、信じられないと言われるかもしれないけど。
つないだ手がすりぬけて、歩き出したから追いかけたら、あっという間に、数メートルの路地から、通しの悪い車道まで飛び出してしまった…幸い車は途切れていて、何事も無かったけど。
10年以上たっても、あの門を閉めようとして、片手が緩んだ瞬間、車道の真ん中でだきしめた瞬間の生々しい感触がある。
本人は、記憶が無いというけど。
梨を自分で剥いてみると言った時、包丁の使い方を十分に教えもしないで、やらせた。そして、私が、メールかテレビかに気をとられているとき、怪我をした。深くは無かったけど、痛々しくキズが残っている。その後、私は、自分がどうしたらいいのか、また、いいかげんなことをしてしまって、もっとひどいけがを負わせてしまったらとか考えてしまい…包丁の使い方は、家庭科の調理実習で経験したのみ。何も教えてあげられない。ジャガイモの皮むきはできたようだけど、たぶん、梨やりんごは、まだ恐怖心がのこっているみたいだ。
自分は、“母”何だろうか…どうしたらいいかわからないことは、どうもできないまま、娘自身がいつのまにか克服しているそういうことが、もうたびたび…
自信の無い、自分ができないことだらけなのに、逆に、答えの明らかなことや私の価値観だけ、厳しく押しつけている…
楽譜と違う!
とか…
数学とか
とか
もののいい方・考え方
とか
さらに、外ではある程度、責任のあることをする立場を得、堂々とものを言い、どうかすると偉そうにしている私が、家事が全然だめ。整理整頓できない。洗濯物がシワしわだったり…食器のあらいものがシンクにいっぱいあったり…主婦としてというか、人として、落第なのに。そういう外面だけいい、私のことを、彼女はどう思っているのだろう。
幼稚園年中の時、9年ほど前か…PTA役員の慰労会の席、幼稚園園長との雑談の中で、「私、たぶん、やたら厳しかったり、ほったらかしだったり、娘に対して冷たいな、と思う時があるのです」と話したら、あっさり「子どもにとっては、生まれた時がそれが、お母さんだから、別にどんなお母さんでも、そいうものだと思っているから…(冷たいとか、子ども自身は思わない)」と言われて。「あ、そうか。」
正しいも間違いも知らないうちから、どんなに未熟でも育てた人の価値観しかない…
それは、改めて自分が育てているという事実が少し怖い気もした。たぶん園長先生は、「責任が重い」そういう意味でおっしゃったと思うのだけど、逆に、私は開き直ってしまったようだ。良かったのか悪かったのか。
その後、年を追うごとに娘の社会は広くなっていき、幸い多くのよき人たちに出会い成長させていただいていると思う。わが子ながら、こんな私の子どもながら、よく頑張っているし、いろいろな場面で、“ひと様に認めていただける”行動ができていると思う。頼もしい存在と言える。
さて、日々、時間に追われ、あっという間に、月日、年月が重なるばかり…
一年後、将来の目標は何か決まっているかな?
五年後、何をしているかな。
不安だし、楽しみだし。
期待という言葉は、相応しくないかもしれない。
何でもいいや。
どんな母親でも母親。
どんな娘でも娘。
それで十分。
なのに、こんな母親なのに、それよりちょっぴり立派な娘。14回目の誕生日おめでとう。
15年目の母親、もっと頑張れよ。
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